絢▼attention！ ・飴細工職人遊星さんかっこいいというパロ ・ジャックはシティのウエディングプランナー ・パロにがてな方はブラウザバックお願いします 海風がふいてくるから、それを阻む場所でないといけない。とおいシティと海を背後にした倉庫の前で、ひとり熱心に飴を練る。 まるで煮詰めた砂糖のような、あまく、きらきらした輝きを目におさめ、手元をのぞく子どもたち。鉄で出来た容器に、豆炭で煮詰め、捏ね、しろくなった飴をいれて、高い保温効果のある木箱におさめている。 ひとすくい取り出して、飴の白とは結びつかぬ、色黒の手のひらで、まるくかたちづくる。ゴルフボールくらいの大きさだろうか、表面をなめらかにしたところで、竹串よりもすこし太めの筒を差し込み、根元の飴を巻きつける。ぽろりと取れてしまわないようにだ。 左手で棒を持ち、右手でそれをこねまわした。遊んでいるようにぐねぐねと揉んだあと、ひとつ、つまんで尖らせた。握りばさみで、つまんだ先に切れ目をいれる。指先で鋭利にすると、今度は下側に切れ目をいれ、浮いたところをまた数回切り、それは手となった。背中になる部分におおきく切り込みをいれ、握りばさみの根元をつかって、連続して切っている。それは翼となった。いまだまるい状態をたもっていたのこりの部分にも、ふたつ、はさみを入れ、引っ張り、のばして、それは足となった。最後にしっぽを引きのばして、器用にそれらしい装飾を傷つける。 かたわらに置いていた何本もの筆のうちのひとつを取り、そのドラゴンにいのちを吹きこむ。鮮やかに着色されていくその様は、子どもたちの目に、魔法のように映った。 「すげー！ かっこいい！」 「スターダストだよね、遊星！」 「ああ。ほら、持っていけ」 ファンシーな柄で縁どりされた透明の袋で保護して手渡すと、勇者の剣を得た少年のような元気さで、駆けていった。見届けて、かろやかな足取りがきこえなくなると、木箱の蓋をあけて、またひとすくい、練り始める。モチーフを考えるのは一瞬でいい、思い描けば、指先がそれを追いかける。優秀だ、あまりの愉悦に、くちびるが歪んだ。 「おまえが……不動遊星か」 倉庫の裏から突如あらわれた不審な輩に、遊星はきついまなざしを投げつける。絹糸のように繊細な金髪を、凶暴な海風に揺らしながら、つやのある靴で足音をかきたてる。 「素晴らしかった。その技術をおれたちは欲している」 いくら近づいてきても、遊星がくちをひらくことはないし、また、その眼光を弱めるつもりもない。剣呑な表情は彫刻のように温度のないいろでたじろがない。けれど眼だけは生きて、まるで値踏みをするみたいに、はかっている。じっと、迫力のあるおおきな眼で。 「おまえのちからが必要だ」 しかして、そのひとみの真摯なこと。黙ったまま移動式の作業台をたたむと、人目につきたくない、つぶやいて、促した。 （こんな薄汚い場所で……） 高貴な足音をたてる革靴は、床板をきしませた。狭苦しい部屋は見積もって6畳くらいだろうか、ぺしゃんこにつぶれたベッドマットに敷かれたシーツの不潔なこと。おのれの背筋に寒気がはしるのを、ジャックは感じた。 「ここにいるのがいやなら、出て行ってもらってかまわない」 背中に目でもあるのだろうか、遊星は木箱からとりだした残りの飴を鍋に移しかえている途中だったが、絶妙のタイミングと口調でそう言い放った。ジャックは綺麗好きだし、自宅だってこことは比べ物にならないくらい広い。こんな、トイレほどの家に住んでいるなんて……自分の勝手な想像が、相手を縛りつける。 「すまん。……名乗るのがおくれてしまったな、こういうものだ」 「名刺はいらない。ごみになるだけだ」 ぴしゃりとはねつけられ、行き場のなくなった名刺をしまう。隅に金の箔押しで印刷された会社のロゴが、きらりとひかった。 「そうだな、なにから言おうか。平たくいうと、ウエディングプランナーをしている。今回担当することになった客が、飴細工でオブジェをつくってほしいと駄々をこねてな。すばらしい腕を持つ飴細工師がいると聞きつけ、やってきた。……遊星、頼む。どうか受けてやってくれないだろうか」 懇願を含んだ、哀れですてきな声が低い天井にあたってはねかえる。かたくなってしまった飴は、煮詰めなおして、練習用につかう。ふつふつと気泡が浮かんでははじける様から目を離さず、まぜる手も止められない。焦げてしまったらすべてがおわる。せわしく動いている手とは裏腹に、遊星はくちを引き結んだままだ。まるでこの家にいまいるのは自分だけだとでもいうような、ジャックを疎外した態度をとりつづけ、じわじわとジャックの自尊心に傷をつけている。 「遊星……」 「……モチーフは」 「！！ い、一応は、新郎新婦の砂糖菓子――これは別に注文してある――を中心に、花などで豪華に装飾してほしいらしい。やってくれるか？」 鍋のなかにある液体を背景に、思い描く繊細な絵を、この自在な指であらわすことは、きっと、たましいがふるえ、昂ること？ 細かければ細かいほど、また、複雑であればあるほど、その達成感は大きくなる。試してみたくなった。おのれのちからを。 「だがおれには輸送手段もないし、満足な設備もないぞ」 「それはいい、心配におよばない。シティに来てくれ。必要な器具、部屋、材料、すべて用意しよう」 このおとこの、真剣なひとみが気に入った。気取っているようにみえて、たまに覗くがむしゃらな牙、その凶暴性が、たまらない。琴線に触れたのだ。それは遊星にとって、久しぶりであり、珍しかった。 「サテライトから出ろと？」 「そうだ。その方が材料も器具も揃いやすくなるだろうし、なにより情報の伝達に便利だ」 「それは出来ないな。子どもたちを置いてシティに行くなど、不可能だ」 いまだジャックを見ない遊星の声色は、かたくなで、有無を言わせなかった。譲歩の余地などあるわけがなかった。のりのきいたスーツの胸ポケットから端末を取り出し、本社にかける。遊星の言い分を伝えると、どうしても今回は遊星でないといけないらしく、最終的に、必要な設備をそろえた大きなコンテナを海辺に運び込むこととなった。 「では失礼する。来週あたりに、また、かおを出させてもらう」 自分勝手なたかさのドアは、ジャックにとってはすこし低かった。颯爽と去ろうとしたスーツをとめる声がある。振り向くと、幾分かやわらいだ眼光がこちらを見つめている。思わず目を奪われる、そのひとみの純粋さ、透き通った青いろ、奥を見通せぬその表情…… 「おれは不動遊星。あんたの名前をきいてない」 ← next |