春の畑へ種を撒いておいで命の恩人だ、としきりに感謝の言葉を述べつつ、その合間に肉の切れ端を口にいれたり、最後に会ってから今までの間何をしてきたかを話したり、通りがかったウエイトレスに注文をつけたりするこの人は本当に器用な人だと思う。久しぶり、と言うには一般的にみてだいぶ長い時間が経過しているものの、目の間に座る遊城十代はあの日から少しも変わった様子がない。なんとなく髪が伸びたような気もするが、その程度だ。半年ぶりに再会した友人に対する感想くらいしか浮かばなかった。 十代は皿のステーキ肉を綺麗にたいらげ、水を一息で飲み干すとふうと大きく息を吐いた。そのまま遊星をじっと見据える。 「オレのこと、覚えててくれて嬉しいぜ」 忘れられるわけがない、と遊星は思う。思っただけで、口に出さなかったが、十代は悟ったらしい。口角をきゅっとあげて笑う。 「死にそうだと思ったら、上から声が降ってきて、見上げたら遊星でさ、一瞬幻覚でも見たのかと思った」 「オレも、何かの見間違いかと思いました」 まさか遊星も、このご時世において路地裏でばったりいきだおれている人間を見かけるなど思いもしなかった。声をかけようとして、それがなんとなく見覚えのある後ろ姿をしていることに気づき、半信半疑になりながら揺さぶってみたらあのときと変わらない顔がこちらを見上げていた、なんて、今でも信じられない。 「あ、それこっち。それも、そっちも」 追加でやってきたデザートたちを自分の前に整列させるや否や、十代はスープスプーンで生クリームをすくった。突っ込まれる度にパフェグラスが苦しげな音を立てるのを、遊星はひやひやしながら見守った。 ついさっき生死をさまよっていたとは思えぬ食欲と、胃袋の許容量である。遊星は、年上の彼のその豪快さを目の当たりにして、自分の注文の単品エビフライをなぜか恥じた。 「あっ、ちょっと待て。俺のパフェとそれ交換な!」 「は?」 遊星の前にエビフライが置かれた瞬間、まだ店員も去らないうちに、十代が身を乗り出した。皿がかっさらわれたかと思うと、テーブルクロスの上を滑るようにパフェグラスが――食べかけである――やってきたので、遊星は慌てて華奢なグラスを押し戻した。 「あの、どちらも食べてもらって構いません」 水でいい。見ているだけで腹がいっぱいになりそうだ。というか食べかけのパフェをもらっても、何というか、困る。十代は悪いな、とか、エビフライ好きでさ、とか賑やかな声をあげた後、結局皿もグラスも手元に引き寄せ、満足げな表情を浮かべた。幸せで仕方ない、という風な。 子供みたいだ、と遊星は思う。どうしてこの人がここにいるのかという真っ当な疑問より、どうしてこの人はこんなにも子供みたいでいられるのだろう、という違和感のようなものが先にやってくる。積みあがった生クリームにはしゃいだり、エビフライを前に目を輝かせたり、死にそうだったと言いながらそんなことはすっかり忘れたかのように笑ったり。 「それで?」 十代が水を向ける。目の前いっぱいの料理にすっかり胸焼けを起こしていた遊星は一瞬反応が遅れる。何のことだかわけがわからないと首を傾けた遊星に、十代はずいっとフォークを突きつけて、 「だーかーらー、いま遊星は何してんのってはなし」 「オレの話ですか」 「そうそう。オレの話はもう終わり。次は遊星のターン」 パフェのてっぺんにのったイチゴをほおばりながらそう十代。イチゴクリームパフェのメインだろう大降りのイチゴを真っ先に食べてしまうなんて、十代さんは好きなものをいのいちばんにたべる人なのだなと遊星は妙なところで感心していた。遊星はというと、好物は最後に残して食べるタイプである。 「オレは……、いまはこのシティでモーメントの研究を」 「研究員? デュエルは?」 「そう、なりますね。デュエルも、最近仕事が忙しくて。仲間が遠くに行ってるのもあって、なかなか。いまは一人なんで、生活するので手いっぱいってかんじですね」 「ふーん、遊星一人暮らしなんだ。恋人とかいねえの」 「えっ」 あまりにもさりげなく切り替えされて、つい素っ頓狂な声をあげてしまった。十代は遊星の反応に吹き出しつつ、ごめんごめん、となぜか謝られた。 「すげえな。立派な大人だ。遊星、今、楽しんでるか?」 十代は少年のような瞳をしている。どたばたで出会った当初も、こうやって試すように視線を投げかけてくる今も。大人っぽい風はないが、どこか卓越した空気みたいなものが体を取り巻いていて、そばにいると居心地がいい。 遊星はまっすぐで強い眼差しに気まずさを覚えながら(このとき彼は眼差しも物理的な力を持つのかもしれないと思った)、食い散らかされたテーブルの上に視線を巡らせた。 「充実してます」 「ふうん。つまりお前にとっては、充実イコール楽しいってこと?」 遊星は黙り込んだ。十代は急かすでもなく、テーブルの上に頬杖をついている。 「……そう、ですね」 どうせなら笑顔の一つでも浮かべられればよいのだけれど。その辺りは相変わらずうまくないままだ。せめて顔を上げ、真っ直ぐに十代を見据えた遊星は、十代がとても優しい目をしていることに気づいた。それでようやく遊星も眼差しを和らげることができた。 「イコールかどうかは分かりませんが、幸せです」 「そっか」 十代は目を細めた。ならいいんだ、と言って、遊星よりずっと幸せそうに笑った。 「お前が元気そうでよかった! 拾われたとき、遊星、なんだか疲れてた顔してたからさ」 自覚がなかった。確かに最近残業が多く、徹夜することもあったが、昔から睡眠不足には慣れていたのでそれが当たり前になっていた。仕事ばかりにうちこんでいた遊星は、こうして指摘してくれるひとのありがたさを改めて感じる。どうも自分は熱中してしまいやすいたちにある。他人に言われて初めて気づくのだ。 思わず顔に手をやる遊星に、十代はにっと笑んで、長いスプーンの先を十代に突きつけた。目の前には大量の生クリームが。 「……十代さん?」 「疲れたときには甘いもの、ってな。ほら、あーん」 「…………」 おずおずと口を開いたら、屈託のない笑みを向けられた。からかわれているのだと気づいて口を閉じようとすると、スプーンの先端が滑り込んできて舌に甘い味が広がった。 「うまいだろ」 「え、はあ」 「よし!腹ごしらえもしたし、デュエルしようぜ!」 なんて切り替えの早いひとだろう。と遊星は一瞬あっけにとられたが、これが遊城十代というひとなのだ、と自分を納得させた。誰かと他愛もない話をして、振り回されて。こんな風に過ごす休日がなんだか懐かしく感じられた。 金がないというジャックのわがままにつきあって財布係になりながら駅前を探索したり、クロウの愚痴(主にジャックの金遣いについてだ)につきあったり、若くして二人の子供を育てることになった鬼柳の悩みをきいてやったり……。 あいつらは今、何をしているだろう? しみじみと目を伏せて、遊星は久しぶりに旧友たちと連絡をとろう、と思った。 |