spoil


 ほうき頭を抱きしめて、かたい毛にかおをうずめ、大きく息を吸う。遊星はちいさな頃から、こうやってクロウにくっつくことが、大好きだった。
「んだぁ? またかよ遊星ぇ~。好きだな、おまえも……」
 クロウは最初から諦め半分になり、中断した伝票の整理を再開する。注文の内容や届け先をひとつひとつ流しては、彼なりの基準で分けていく。
 遊星は目をとじて、わざと視覚を欠落させている。その方が集中できるのだという。半田鏝でついた火傷の痕が走る指で、オレンジ色の髪を、といたり、撫でたりして、いつくしむ。重力に逆らうかたい髪。どんなに押さえつけられても権力に屈しない彼に似ている。
 鼻先を擦り付ける。遊星はソファの背に腰をぐいぐい押し付けて、密着度をあげていた。
 さっきからそれを側で見ていたジャックが、しびれを切らしたように、柔らかな一人掛けのソファから立ち上がり、遊星の隣まで来た。遊星はそれに気付いたがべつに気にかける必要もないと思ったので、無視した。
 それが頭にきたのか、ジャックは、遊星の強烈な癖っ毛をむんずと掴み、遠ざけるように向こうへ押した。ジャックは力がつよかったから、遊星は抗うことも出来ず、クロウから離れてしまった。苛立ちをかくせない睫毛で睨み付ける。
「……ジャック」
「みっともないぞ、遊星。いい年をして」
 ジャックは高い背を利用して遊星を見下ろしたが、遊星は睨み上げるのがけっこう得意な方だったので、元々の眼光も相まって、ひどく恐ろしい表情になってしまった。ジャックは思わずたじろいでしまう。
「あんたに邪魔はされたくない」
 しなやかできれいな手をぺしんと叩きおとして、遊星は睨みをきかせた。おおきな青い眼が、不遜なジャックを竦んだ蛙に変える。
 ジャックはなにも言えなくなってしまった。遊星は彼を横目で遠ざけて、またほうき頭を抱きしめた。クロウはずっと真面目に伝票を整理している。まるでからだの一部のように、気にかける様子もない。
 ジャックは打ちふるえた。そして拳を握り、くちでは絶対に勝てない遊星になにか言い返したげに、くちびるを細かく動かす。そして、引いた糸が切れるように、ジャックの我慢が限界になった。
 雄叫びをあげながら、けもののように襲いかかる。遊星はやかましそうに眉間を狭めて、ジャックをぶん殴ろうとしたが、それよりも先に、クロウがすっくと立ち上がり、ジャックを蹴った。
「オウッ」
 クロウは小柄なので、ジャックを蹴ると、ブーツがちょうど鳩尾に入る。ジャックは、息を無理やり吐き出させられて、変な声が出てしまった。からだを曲げたジャックに向かってクロウは吐き捨てる。
「うーるーせえ。集中できねえだろうが」
 ジャックは、遊星はいいのか、と鳴きたかったが、声が出せなかったから、涙だけがぽろりと落ちただけで終わった。