▼attention!
・全体的に満足なんですがふたりずつのシーンがそれぞれあります。これだけはだめ!!な地雷がある方はお気をつけください



 暗闇に紛れて音もなく移動する靴は影のようでもある。サテライトでは自分の姿より影の方が濃く見える。遊星も、ジャックも、クロウも、鬼柳も、ここを住処としている者なら、影に飲み込まれる恐怖なんてのは誰だって経験したことがある。それを知りながら、青年たちは夜が好きだという。
 自らが夜の張り詰めた空気に溶けて、真っ白な眼球だけが闇に浮かび、意識は明瞭として、思考回路に冷たい風が忍び込むのを、無抵抗のまま受け入れる。一体全体支配されているときの解放感あふるる従順な心地よさ。夜はねっとりとした艶があり、黒々とした犬の毛皮のような手触りをしている。気づけば誰のそばにもいる。一切合切の刺激を捨ててしまえば、空間に誘惑色の切り口が現れて、手探りで指先を引っ掛け、肩口をねじ込むと、彼らは夜になる。体温と同じ温かさの暗闇は彼らの掌を優しく握りしめてくる。その瞬間、ささくれだった気持ちは嘘だったように全部なくなり、在るのはただ永遠に続くとも思える深い安心感である。
 サテライトでは、自分たちが仕切っている地区から一歩でも離れると、その瞬間、身の安全は宙ぶらりんに吊るされることになる。縄張りでもない地区で、ぼろ布のように痛めつけられても、口汚い罵声を浴びせられても、ひたすらに耐えるしかないし、腹をたてることすら罪であった。
 しかし、境界を跨ぐ瞬間に、まるで自分が浮いているかのような高揚感を覚える者がいる。鬼柳である。彼はなにかとスリルや危機一髪がお気に入りで、痛いのは嫌いなくせに、自分の命が危ういと知ると、そわそわして、居ても立っても居られず、落ち着きなく周りを見回して、にやついているのだった。
「おい鬼柳、にやにやしてんじゃねえ。引き締めていけよ」
 クロウが影の中から窘めると、鬼柳はふと振り返って口先だけで謝罪した。浮つくのも仕方がない、隣にはジャックがいて、足元には遊星がしゃがみ込んで起爆装置を設置しているのだ。危険の中の安全とはなんと甘い蜜を出すのだろう。鬼柳はいまにも高らかに笑い出すのを我慢するのに全力を注いだ。それもそうだろう、奇襲直前に自分たちの存在を相手方に知らせてやるギャングはいない。
「よし、できたぞ」
 遊星のその言葉を引き金に、四人は小走りでその場を離れ、十数秒後、爆音が鉄扉を破って夜空を裂くように轟いた。
「うおっ、すげえな」とクロウが思わず慄くと、
「すまない、爆薬の量を間違えたかもしれない」と遊星がアナーキーに笑った。
 鬼柳はすっかりリーダーの顔をして、音の余韻も消えぬうちに、喉を震わせて気合いを入れると、四人は一斉に建物内部へと駆け走った。



―――


 鬼柳はばたばたとわざと足音を立て、子どものようにはしゃいで部屋を出た。そして、そのまま繋がっている隣の部屋の窓際に設置した天体望遠鏡を撫でた。説明書もないので、適当にいじったり、鏡筒を上げ下げしたりして遊んでいたが、いよいよしゃがんで目を付けて覗いてみたらば、なぜか真っ暗である。
「おいクロウ! やべえ、全然みえねえ! 壊れてるぜこれ」
「ばか、蓋外してねえじゃん」
 そう言ってクロウがレンズキャップを取り外すと、鬼柳の目に遠くの景色が入り込んできた。大袈裟に感嘆しながら、角度をぐりぐりと変えていると、哀れなことに、太陽とレンズと鬼柳の眼球が、一直線に並んだ。当然、鬼柳は絶叫し、床にひっくり返った。
「ど、どうした鬼柳!」
 遊星が飛んできて、ジャックも後ろから様子を窺っている。鬼柳は手の平で両目を押さえながらごろごろと転がって、「目が~目が~」と呻いている。唯一事情を知っていて笑っているクロウが、「お天道さん見ちまったらしい」と指して言うと、ジャックは大層ばからしいと言うように鼻を鳴らして踵を返し、対照的に遊星は「大丈夫か」と声をかけてやった。
「おれ目の色素薄いからあんま明るいの見れねえんだよおおお」
「そういう問題じゃねえだろーよ」
 鼻であしらいながら黒目を対象へ動かすクロウは嗜虐的に笑んだが、あまりに騒ぐのでしゃがみ込んでやって、のたうつリーダーの背に触れてやった。相変わらず鬼柳の肌は冷たく、冷や汗かなにかでしっとりしていた。変温動物みたいなやつだ、と考えながら、背中の骨格や肉付きを確認するように手の平で撫でさする。脱色されたうぶ毛が手の軌跡に沿って流れた。