自己愛ミスフォーチュン


「あれ? ジャック、珍しいね」
 荷物をこれでもかと詰め込んだダンボールを重ねて運びながら、ソファに座る姿を見てブルーノは口を挟んだ。温和な表情とは裏腹な怪力を発揮して、荷物捌きに慣れているクロウでもひとつ運ぶのにひいこら言うそれを、涼しい顔をしてみっつも持ち上げる。そのくせ無理をして、手の筋が張るわけでもない。ブルーノにとっては、ごく簡単な作業なのだ。
 テーブルに置かれたティーセットは我が家のものだが、ブルーノが目を付けたのはそこじゃない。お湯の入った華奢なポット、白い砂糖入れ、銀のスプーンが取り囲むのは、花柄で縁どられたおしゃれなカップだったはずだ。
「白いカップなんて、一体どうしたの」
 いまジャックの目の前に置かれているカップは、なんの変哲もないただの白いカップだ。紅茶が入ってよくわからないが、内側に凝った手工が見られるわけでも、材質が特別高級なわけでもない、シンプルすぎるそれをジャックが使うなんて、いままでではありえなかったことだ。
「カフェの店員から面白いことを聞いてなあ。飲んだ後の茶葉の残り具合で占いができるというんだ」
「へえ~。占いかぁ。面白そう! ねえ、遊星はこんなの、知ってる?」
 液晶テレビの後ろから、紺いろの癖っ毛がにゅっと覗いた。配線をいじっていたらしい。問いかけられて、タオルで汗を拭いながら歩み寄る。
「ああ。残った模様を見て、それでどういう兆候があるか見るんだそうだ」
 素直に感心したブルーノの声を遮って、ゾラに教えてもらったと付けくわえた。その一言は余計だったかもしれない。
「遊星ま~たあのばあさんに懐かれてんのかよ? 迷惑なら断りゃいいんだぜ」
 階段の下から聞こえた声が、するどく響いた。重い荷物を持った腕を振りながら上がってきて、ジャックの隣に腰掛ける。残酷なまでの容赦ない態度に、遊星は眉を歪める。
「迷惑だなんて、そんな。ただ修理のついでにお茶を貰うだけだ」
「遊星はあめえからな。油断してたら喰われちまうぞ」
 ジャックはひとつのことに集中しすぎるきらいがある。いまも、中身を全て飲み干してしまわないよう、また、飲み干す際に茶葉を口に入れてしまわないよう、細心の注意を払っている。
 呷っていたカップをソーサーに置き、左手でそれをすばやく伏せる。それから時計回りに三周回して、またひっくり返す。その底に出た模様を読み取るのだが、診断は人それぞれだ。全員がカップを覗きこむ。
「おれ、ここが犬に見える」
「クロウ、犬はな、『勤勉勤労』らしいぞ。まだ働き足りないんじゃないか?」
 絶句したクロウの腕に触れ、生やさしく撫でた後、遊星が小指でカップの縁を差し、
「おれはここが花に見える。これはどういうことだ? ジャック」
「花で、しかも縁に近いところは『趣味に打ち込め』だ。後で一戦しないか、遊星」
「えっと、ぼくはねー」
「待て! おれが先に見る」
 自分がここでシビれるくらい素敵な模様を見つけて、称賛を浴び、かつ最後のブルーノに恥をかかせてやろうって魂胆だが、不幸なことに、ジャックはそういうセンスが皆無だった。便器とか、ムカデとか、そういう類にしか見えないのだ。ぐうの音も出ないほど悩みに悩んだ頃、ブルーノが視線を投げてきた。いまだ荷持で手が塞がっている。下ろせばいいのに。
「ぼく、底の……えっと二時のところかな。小さいうさぎがデートしてるみたいに見えるなぁ。手つないでさ」
 クロウが口笛を吹き、遊星がかわいいと漏らした。「結果は? 結果は?」と目を輝かせるブルーノに、ジャックはわなわなと拳を握り、言い放った。悔しさに涙が膜を張っている。手が出ないだけましだろう。
「『さっさと荷物を置いてこい』だ、ばかもの! もう占いなんて一生せん!」
 それからそのカップはお蔵入りになった。


(WRGPでの無配でした。原稿にいれようと思ってたけど入りきらなかった部分リサイクル)