夢色ティンクルトラベラー


 電気を消した薄暗い部屋のなかで、灯った蝋燭の火をみていると、意識一帯にもやがかかったみたいに濁って、なにも考えられなくなる。煎餅を重ねたようなかたいベッドでこの身を蹂躙されると、自分の居場所をつくってもらえたみたいで、すごくうれしい。器から水がこぼれるように、ぽろ、ぽろ、涙が出て、体温を持った白濁を注ぎ込まれながら、鬼柳はよろこびに喉をふるわせている。
「てめえの面みてっと……なぁんか癪にさわんだよなぁ。おい、なに泣いてやがんだ。締まりのねえケツにチンポぶち込まれるのがそんなに嬉しいか? あああ? ハラんなかザーメンで満たされて最高の気分ですって言ってみろや、隣の部屋まできこえるくらい、でけー声でよお!」
 哀れみをいっぱいに含んだ声で天井を撫でる。おとこの乱暴な熱を受け止める。
「ククッ、きめぇ~! 惨めだよなぁ? いまてめえが挿れられて感じてるとこって、ふつうクソするところだぜ? うんことザーメン混ざったらどうなるのか教えろよ。なんならいまから便所行って出してきてもいいんだぜ……? ククッ、たまんねえよ、おまえマゾすぎてたまんねえ。そういや痛いの好きそうな顔してるもんなぁ」
 壁に影をつくっていた光源がゆらりと揺れた。火が傾いて、ぽたりと落ちる。その熱がこわくてあついのは一瞬だけ、爪痕をのこして急速に冷めてしまうその様子は、まるで翌日の鬼柳そのもののように思えた。



 ――ここのシャワーはだめだ。使い物にならない。
 仕方なく、下着のなかにタオルを破いて忍び込ませた。水しか出ないシャワーでは昨日の後処理もままならず、腹のなかに宿便と精液をたくわえたまま、鬼柳は部屋をあとにした。短くなった蝋燭が床に焦げをつくっているのだけが、確認された。
 ぽわぽわと浮かんでは消える絵空事を、鬼柳はなによりも大切にしたいとおもっている。おぼろげな、煙のようにかるい身のこなしの、繊細で、だれも気にしないことを、昼夜問わず、自分だけのペースで考えるのが好きだ。浮浪者の死体の行方とか、たまに船でやってくる富豪の性癖とか、注射針がもたらすヘヴンとか、人がわざわざ避けてとおるところを、故意に突っ込んでいくのが生きがいだ。
 ハリのない肌に蝿がたかっている。ブウーンブウーンブウーンブウーン。鬼柳はいま、自分がその亡骸のテリトリーにはいったことを確信した。いのちの抜け殻にまとわりつく黒い虫が、耳元ではやしたてるのを、霧ひとつ隔てた向こうできいている。船の汽笛がけたたましい。
 髪はひどく脂っぽく、濡れている。海辺の倉庫に寄りかかるそのからだは、潮風を受けて、不自然なほどに湿っていた。骨をつつむ肉はやわらかく、爪でこそげることが出来そうだ。琥珀色をしたひとみに、子どものような輝きがやどる。同時に肩を叩かれ振り向く。その太い指にはまるおおきな宝石とおなじ煌めきを、鬼柳はその目に見た。

 舌に垂らされた数滴の液体は、ほのかにあまく、圧倒的ににがい。思わず吐き出そうとしたところで顎をとらえられ、うえを向かされる。喉をすべりおちる薬剤はいまに心臓をうるさくさせ、あえて健康的にいうなら、血行を異常なほどよくするだろう。
「鬼柳くんだったかな。きみはきれいなひとみをしているね。光をあてるとき、暗闇にいるとき、ふたつの表情をみせる。ああ、いいね、きれいだね……うふふ。どうだい、からだがあつくなってきたかい? いまにきみのおちんぽはズボンを押し上げて、だらしなく射精してしまうだろうね。純正のものはサテライトなんかじゃ何年がんばっても手にはいらないよ。これが最初で最後の天国だね。鬼柳くん、気分はどうだい?」 
 赤と橙と黄と緑と青と藍と紫と桃と……思いつく限りの色彩が目の前で乱舞するのを見て、いやになる人間がどこにいるだろうか? 火の玉みたいな光源があたまのなかで、ゆらゆらと、残像をうしろにひきつれながら、ピンボールよろしく跳ねまわっている。見渡す限り花が敷き詰めてあって、それはとても尊く、愛らしく、可憐なかたち。鬼柳はとてもハッピーな気分になった。思わず昨日の痕を、指で撫でてしまうくらいに。
「なんだい? 手をどけてごらん。……うふふ。これは驚いた、火傷痕だね。しかも比較的真新しい。うふふ、ふふふふふ。いじめられるのが好きかい? それじゃあ、鬼柳くんにはクスリぐらいでは生ぬるいね。ズボンを脱いで、お尻をこっちに向けなさい。おじさんがきもちいいことしてあげる」
 ちょうちょがひらひらと目の前をよぎるので、手を伸ばしたら、しっとりと湿った、肉がたっぷりとついた手のひらに行きあたった。たちまち両腕をまとめられて、からだをひっくり返され、四つん這いにさせられる。真っ白で清潔なベッドは、まるで空にうかぶマシュマロみたい。脚の内側の筋肉が引き攣っている。よだれがシーツに垂れた。芋虫に似た指は慣れた手つきでベルトをはずし、ズボンを引っ張り下ろす。そして、下着からはみ出た白地のタオルがおとこの指に触れた。
「おや? 鬼柳くんはこの年になっても、まだオムツをしているのかい? うふふうふふ、赤ちゃんみたいだねぇ、恥ずかしいねぇ。うんちが我慢できないのかい? 仕様のない子だね。大勢の人に掘られて、ゆるくなっちゃったんだね。だらしないお尻には、栓が必要だよね、鬼柳くん」
 ちかくに置いてあったトランクケースからいちじく型の浣腸を取り出し、躊躇いもなく注入する。腸内に満たされていく液の冷たさに、鬼柳の脳みそは現実を味わった。体温がないのはいやだ。おぞましい白黒の世界、せまくるしい、閉塞感に満ちた箱庭に、無理やり引き戻される。絶叫にも似た泣き声は、肥えた耳には浣腸のくるしみにしかきこえなかった。
「はい、栓をしたよ。いま、鬼柳くんのおなかのなかは、たくさんのうんちと、それをお掃除してくれる液体でいっぱいだね。うふふ、いい音が鳴ってる。ぐるぐるいってる。おじさんはこの音が大好きでねェ……若く元気な青年が、命乞いみたいな懇願をしてくるのが、たまらないんだ。おもしろいだろう? 勃起……してしまうんだよ。鬼柳くんはいつまで耐えてくれるかな? 我慢強そうだもんね。うふふ。うふふ」
 胸に出来た火傷の痕をシーツにこすりつけると、乳首もいっしょにつぶされて気持ちがいい。魂だけを引き抜かれて、なだらかな流れの川の水にさらされているような感覚を全身に感じている。鬼柳はすでにここにいない人間だった。肉厚の手を振りかざして、青白い尻を叩く。ふたつの尻たぶを、何度も何度も、交互に引っぱたく。
「いままでもこういうことをされてきたんだろう? 鬼柳くん。その度にきみは節操もなく勃起し、おちんぽをねだり、みるくを注いでくださいとお願いしてきたんだろう? いけない子、いけない子だよ鬼柳くん……きみみたいなだらしない子は、きちんとした大人に飼われる必要がある。私みたいな、お金を持った、やさしいおじさんにね……?」
 ぐるぐるきゅう。ぐるぐるきゅう。自分のからだから発せられているとは考えがたい音を、鬼柳はきいている。花畑からあらわれた、はりねずみのような可愛らしい生き物と両目を合わせて、すすり泣く。くるしいのではない。現実を見るのがこわいのだ。
 芋虫がディルドを引き抜くと、ぽんっと、間抜けな音がして、間髪いれず、出口がいなないて、濁点とともにすさまじい量の便が流れ出てきた。勢いよく孤をえがいた便はシーツに着地し、茶色の汚物が白にしみ込んでいく。ぶぴぴっ、と、空気だけが押し出される音とともに、絞り出された宿便にからみつく昨夜の白を、めざとく見つけた。
「ナカに出されてイッてしまうんだね? おちんぽがないと生きていけない淫乱豚の鬼柳くん。きみはゆるいお尻マンコに太いチンポをぶち込まれて、あついみるくを注がれてないとだめなんだね? うふふ、うふふふ。それならおじさんのところに来ればいいよ。毎日クスリを飲ませて、毎日うんちを処理して、毎日みるくを飲ませてあげるよ。鬼柳くん。可愛い鬼柳くんの目、ちょうだいよ。セックスに目はいらないよ。両方とはいわない。ひとつでいいんだ……ね?」
 弛緩しきったからだをシーツに押しつけて、やわらかな思考の波に沈んでいく。潮騒がきこえる。風をかんじる。海辺に座り込んだ屍が風化したその行方。芋虫が脂ぎった歯をのぞかせる。びくびくと痙攣している細身の青年は妖精に連れていかれてしまっていた。



(かえってゆくのだろうか。海へ?) 叩きこまれた部屋にある、ぎらつく装飾品がきらいだ。この世のどこよりも幸福と虚脱感に満たされた世界を、ずけずけと遮断するから。緩慢なしぐさで、青年は瞼をひらいた。その隻眼で、波に合わせて揺れる窓の外を、ひとり夢見心地でながめている。