不揃いな疼痛


 夜も眠れないほどの悪意をおまえに向けよう。毛むくじゃらのけものが子羊に噛みつくように、おれはおまえを憎む。怠惰なひとみを靴先に縛り付けて、現状を維持しようとするその姿勢を、全力で軽蔑し、否定するだろう。賑やかな部屋すら疎ましい。
 外に出ると目の表面が乾いて仕方ないと言い張るおまえの、見る目もない腐りきった虹彩を、吸いだしてドブに捨ててやる! 盲目も同然だ。いうまでもなくおまえは常におなじ映像を見ている。飽きもせずに延々と、無表情のクズ鉄やたかり顔の足手まとい、上空に流れる分厚い雲に寒々しい寝ぐら・折り目のついたカード・開けっ放しのボトル、すべて壁をひとつ隔てて傍観している。徹底した来るもの拒まず去るもの追わずの精神など反吐が出る、ああ、反吐が出るんだ。
 持て余しているんだろう? 類まれなる才気が煙をあげて腐敗していくというのに、おまえはそれをぼうっと突っ立って、眺めているだけだ。ねこに狩られたすずめを見る風体で、手出しをせず、くちも出さず、原型がなくなっていくのを、手遊びでもしながらゆっくりと待ち望んでいる。
「おれはかなしい。おまえがそうやって、持っているものをわざわざ朽ちさせていくのを、見ていられない。手を出さずにいられない。おれはおまえが惜しい。だれもが喉から手を出して欲する、このおれとおなじ土俵に立てるのだぞ、そこらへんの堕落者じゃない、成功者だ、全世界に名を知らしめたデュエルキングだ。この世でいちばんうつくしく気高い場所にいるおれの手を、なぜ払いのけることが出来る? 権利を与えてやったのに、どうして執行しない? 理解出来ない。許しがたい。すこし、見損なう。だが決して見放さない。おまえだからだ。他のだれでもない、おまえだからだ」
 遊星。ヒエラルキーの下位に甘んじている不動遊星。可もなく不可もなく、出来る限り角をたてないように生きているクズどもを見ると、おれは虫唾がはしってたまらない。それなのに、おまえは一体どうして、そう、見せつけるように手を差し伸べるのだろう。これみよがしに無愛想な表情をして差し出した手のひらのあたたかさよ。吹きだまりにいるクズどもにはこの上ない眩しさだろう。人を選ばぬ救済に、「優れているのに気取らない」「人を見た目で判断しない」等、口ぐちにクズたちは囁き、焼かれた目でおまえを盲信するのだろう。嘲笑にりぼんを巻いて贈ってやるわ。
 現代のマザーテレサにでもなったつもりか? クズの巣と化した部屋にいると、田舎くさい生活臭に鼻がまがりそうだ。まばたきしたら、剥がれた角膜がぽとりとおちた。ような気がしただけだ。
「蜜を吸われていることがそんなに快感か? 不遇者に恵みを与えてやって、自分は救世主なのだと実感したいのか? 見え透いた虚構は張る。ひどく見苦しい。フフ、それともまさか本心からだれかに尽くすことが気持ちよくて仕方ないとでも言うつもりか? ハハ、ッハハハ……。性根まで湯だったか、愚かものッ! いいか、おまえに真実を教えてやる。人は生まれつき持つものと持たざるものがいて、持たざるものは持つものにへつらって生きていくか、堕落するしかないんだ。ゴミを食い壊死していきたいのか? そうではない、そうではないだろう……遊星っ……!」
 ゴミ山に行き、薄汚れたからだを気にすることなく、鉄をあさる姿が、とてつもなく魅力的だ。厚い手袋にしみ込む汚水、するどい鉄の破片はむき出しの肩を傷つけるだろう。鉄くずだけならまだしも残飯や糞尿も混ぜられたゴミ山地帯、おまえ以外に近寄る人間をおれは見たことがない。
 生ゴミや吐瀉物が腐ったにおいや、鉄の無機質なにおい・田舎くさい生活臭・風呂ぎらいゆえの汗臭さ・断りきれず許してしまったホームレスの精液のにおい・無残な姿になった動物の死臭……むんむんと吐き気を誘う悪臭を気にすることなく、ひたむきに真摯なまなざしをかたちづくるその強い視線が好きだ。小生意気で、屈服させたくなる。正面から見つめ、ナイフでえぐるようにひどいことを言って、底の見えぬ藍色をゆがませたい。おおきなひとみを怒りの色に染めて、食いついてこい。それを有無を言わさずこてんぱんに叩きのめしたとき、おれの欲望は満たされるのだろう。想像するだけで背筋にふるえがはしる。射精してしまいそうだ。
 ああ、どうしようもなく、支配したい。そして、罰せられたいのだ。他のだれでもない、おまえに。
「くすぶっている火種は、いつしか消えてしまうんだぞ。いつまでそうやっているつもりだ? さみしい。かなしい。やるせない気持ちになるんだ。おまえが立ち上がらないと、おれは生きている実感がわかない。つらい。くるしい。せつない。いままでに味わったことのないくらい、息がしづらくなる」
 どうしようもなく苦しめばいい。地を這いずり転げまわるほどに苦悩し、どこかで呻き声をあげている蛆に想いを馳せ、思考を巡らせればいい。人に慕われるがゆえの不必要な苦悶にかおをゆがめ、幻聴に耳を傾け、足を取られてころんで、骨のひとつでも折ってみればいい。
「救いの手はどうした。おまえはおれの言うことをきくべきだ、わかるはずだろう、頭のいいおまえなら、1から10まで述べる必要もない。おれを苦しめている原因は目の前にあるんだ。そして解決法も見えている」
 物心ついたときから寄り添って生きてきた仲間に、最上の憎しみを向けられたときのくるしみも、その引き結んだくちで、丸ごと飲み込んだ。幼少の思い出を墨汁で染めた背徳だけが手のなかで沈んでいる。その上で修復不可能な過去に苛まれる自分を妄想すると、得も言われぬ不幸な境遇が身近に感ぜられ、不謹慎なほどうれしく、無口なアンドロイドに罵倒を捧げる快感に拍車がかかってしまう。雨が降ってきた。
「これはキングに対する冒涜……」
 ついぞ遊星はくちを開かなかった。気道をふさがれる心地がする。心臓を突く慟哭の正体。本物の痛みなど、いまのいままで知らなかった。