うたかたの午後


 だらしなく開脚しきった中心部でそそり立つ陰茎の瑞々しさは、指で弾くと幼児向けの玩具のように前後に揺れた。押しつぶされた低い声が唸るように漏れ、ポッポタイムのすぐ傍にある断続的な噴水の音と重なり、蒸れた空間の隙間を縫うように響いた。吸いつくきめをした肌の上に俗な欲望が吐き出されて、波打ち際のように薄く広がった陰毛を乱した。
 シェードを透かした春の日差しが青年の裸体をぼかし浮かび上がらせる。結露なく透き通った窓を子どもの高い笑い声が叩き、階下からは一定の音で回るエンジンの音が聞こえてくる。寝ぼけ眼のように瞼をたるませながら、そのくせ目尻は人間の欲望で荒んだ、アンバランスな目付きをして、肺の奥から空気を吐き出す。生暖かい息が胸を撫で、通常薄桃いろの乳頭は繊細に反応し、渋桜のように色味を濃くして屹立している。
 クロウは身軽な下半身を使ってベッドから降り、履きつぶしたブーツに裸足を無理やり突っ込んだ。ギプスで不自由な右手とは逆の手で、床に落ちた衣服を拾ってやり、極力ジャックの肌を隠すように投げてよこした。顔はドアの方を向き、ジャックからは表情が伺えない。鳥の声がする。むくりと身体を起こすと、しっとりと湿ったシーツが背中に張り付いて連れられてきた。
 消耗された様子の、気だるげな声がクロウの名を呼んだ。すっかり表向きの表情になった顔を見つめている、その背景に、一際高いエンジン音が忍びこんでくる、おそらくホイール・オブ・フォーチュンだろう。どうせすぐ脱ぐのだし、いまさら服を着けるのも億劫に感じ、微かに汗ばんだ裸体のままベッドを降り、裸足で床を踏んだ。
「いいのか?」
「ああ。なんか、するって意気込んだら気分のんねえわ。それに、遊星がそろそろ困るんじゃねーかと思ってな」
 昨夜使ったばかりのバスタオルをまとって、ジャックが先に部屋を出た。クロウはその後ろを歩く。膝から下が特に長く、筋肉も薄く均等についた脚は、白人の肌をしている。丹念にボディクリームを塗りこんだきめの細かい肌から、青緑の血管が透けて見える。足を進める度、筋肉が細かに反応し、それはなによりも素晴らしく人間的な美だった。動物にはこの価値は理解できぬだろう。人間だけがこの均整のとれた肉体を賛美できる。
 クロウは不自由な右手を引っ込めながらハシゴを降り、階段を駆け下りた。遊星とブルーノは薄暗いガレージの地べたに膝をつきながら、発光するパソコンの画面に顔を照らしていた。広い肩幅を持つブルーノには傍から見れば似つかわしくない作業だったが、ふたりは熱心に画面を覗き、眼球を細かに動かして数値を照合していた。クロウに気づいた遊星が顔を上げ、はっきりした声で挨拶をした。ブルーノも振り向きざまに笑顔を見せた。
「遅くなっちまってわりいな。なんか手伝うことあるか」
 タイミングのいい申し出に遊星は立ち上がり、走行時のエンジンの調子を見たいので、彼がDホイールに跨っている間、画面の数値やその変化の様子を見ているようクロウに言った。汗の染みこんだタンクトップが肌に張り付いて鬱陶しそう。機器類に囲まれているせいで、それらの発熱が局地的に温度を上げる。足元はまだ霜の降る葉を踏むように冷えているのに、機器から立ち上る人工的な熱気で顔だけがカッカと暑い。ふつふつと湧き上がるように浮かぶ汗の玉を、吸い取ることのできるギプスで拭くのを堪え、クロウはブルーノに寄り添った。ブルーノのがっしりとした、健康的な青年の握った拳のような頑丈な肩は、衣服の下でどのように汗をかき、動くのだろう。
 ジャックはいつでも花のように注目を集める男だ。現れただけで画面が華やぎ、平均値を釣り上げる。中二階に佇むその立ち姿さえ、背中の筋肉は清々しく伸び、一輪の白百合を彷彿とさせる。輪郭に沿うように濡れた髪から雫が落ち、足元に濃い点をつくる。歩くたび、腹に振ったきつめの香水が鼻に届いた。
 背を向けたブルーノとクロウのうち、クロウがさきに気づき、挨拶をした。つられてブルーノも挨拶をするが、下着しか纏わぬその肌を目の当たりにし、思わず立ち上がり驚いた。次に、駆け寄る前に、その肉体を上から下まで目で舐めた。これは無意識のことであったが、ジャックは見世物になったようで、慣れたものではあるが、なんとなく不愉快さに眉を寄せた。
「着替えを取りに来ただけだ」
 高圧的に押し付けて、三人の前を通り過ぎた。頭部の位置が同居人の中で一番近いブルーノは、下から立ち込めてくる香水より、濡れた頭髪から香るシャンプーのにおいをつい嗅ぎとってしまった。なんて好感的な香りだろう。ジャックは白い肌をしているし、それのどこにも傷がない。夢と矜持と月と欲、それらをたくさん詰め込んで、みんなが気に入る要素で包めば、それはジャックと瓜二つだろう。
 シティの子供たちはみなジャックの虜だった。街を歩けば手は空かないし、慣れないサインまで書いてやる。「これでもましになった方だ」とジャックは言うが、幼馴染みがこのように構われているのを見て、クロウはむず痒さを覚える。ジャックはいまや子供たちの夢になった。ハウスの子供たちに拳を振るっていたジャックが、いまでは白い広い手を鷹揚に差し出し、小さな手を握るのだ。全身を綿毛でくすぐられているような感じがする。
 クロウはいよいよ耐え切れなくなり、服の裾で額を拭った。染みこんでくる冷えと機械の熱が相殺された、生ぬるい息のような空気が腹を触った。ふと隣を見れば、ブルーノがくちを引き結んで画面を一心に見つめていた。その集中力はまるで取り付かれているようにも見え、クロウは改めてブルーノを尊敬すると同時に、ジャックがああいう態度なのも理解できると思った。
 遊星の身体に服がぴったりと張り付いて、筋肉を密に視認できる。汗が首を伝い、胸元に忍びこむ。ハイウェイを走るときには全く気づかないことだが、走行時の風がない室内では、運転席でさえ熱帯夜のように蒸す。
「昼はどうする」
「おまえなあ、この状況見ててメシの方が気になるのか?」
「そうは言っても、もう昼過ぎだろう。今日は予定があるんだ、のんびりもしていられん」
 言葉を買って歯を剥いたクロウを見かねて、遊星がDホイールを降り、ブルーノが汗を拭った。そのまま立ち上がり、用意するよとにこりと白い歯を見せた。

 色とりどりのパプリカでかさを増したパエリアを、ジャックに多く取り分けて、ブルーノは空になったフライパンをシンクへ持っていった。こびりつくと大変なので、いまのうちに水に浸しておいた方が片付けるときに楽なのだ。当のジャックはといえば、玉ねぎのドレッシングをフォークの先で舐めて上機嫌にしていたが、クロウがサラダのトマトだけを刺して食べるので、その行儀のわるさを睨めつけている。
「おい。アスパラも食べろ」
「……」
 食事にくちを出されるのがきらいなせいで、それにうるさいジャックとはよく衝突する。その度に遊星が宥めてくれるのだが、生憎いまはブルーノの手伝いにシンクの前にいる。
「取ったら取ったでこぼれて面倒くせえんだよ。そんな特に好きでもねえし、食いたきゃ食えよ」
 ギプスをしている右腕で、取り分け用トングを差して言う。竹で出来たもので、スプーン状のものと先が割れたものに分かれている。両手でないと使えないので、細長いアスパラを持ってくるのは手間がかかるのは見ればわかる。ジャックがいまだ顰めっ面なのはまた違う理由だった。
 遊星が察知してこちらを向いた。
「ならば一言『取ってくれ』と言えばいいだろう!! いつもいつも、どうしておまえはそういうことが言えないんだ!」
 ブルーノが驚いてテーブルの方を振り返った。濡れた手から雫が落ちた。
「おれがそんなに役立たずに見えるのか!! 答えろクロウ!!」
「な、なんだよ悪かったよ、ごめんって」
「……」
「その顔やめろって、謝ってんじゃねえかよ。あーほら、なら、取ってくれよ。ちょっとでいいからな」
 皿に取り分けられた赤と緑の野菜がすべて口腔へ消えたあと、クロウがコップを呷った。空のガラスが机に置かれ、視線が対角線上にある冷水筒へ一瞬移動したが、しかしそのままなにも言わず、ぼうっとしたように3人の咀嚼する音や話し声を聞く。黙々と食っていた遊星が机の下でジャックの膝を触り、ちらと目配せをした。誰にも気づかれることなく意思が通じ、ジャックがスプーンを置いて力強く冷水筒を掴み上げた。手首の内側の筋がぐっと浮き上がり、指の付け根がへこんで、白磁の肌に陰影ができる。机に軽く置かれた遊星の浅黒い拳に影をつくって腕を伸ばし、空のコップを取って注いでやる。ブルーノはそれを見て目をまん丸にして驚いた後、にっこりとわらった。クロウとジャックの目の色が混じり合い星屑になって食卓に落ちる。
「おお、なんだよ、めずらしいな」
 ありがとうを言って、くちびるを付けた。麦茶が喉を滑り落ちて胸骨が洗われたような冷たさだった。
 昼食後、ジャックは部屋に戻り、ブルーノと遊星はガレージへ向かった。ついに手伝えることもなくなり、無事な左腕を持て余し、家計簿を開いた。利き手と逆の手で細かい字が書けるほどクロウは器用でなく、ただ鉛筆を回しながらいままでに書き込んだ数字を目で追っている。意外にも、食客が増えてから出費が増えたなどということはなく、むしろ逆に、ブルーノが来てからというもの、お裾分けや差し入れが増え、食費などは減っているという有様なのだ。クロウが料理をしていればそうはいかない。ジャックでも、遊星でもだめだ。また、すばらしく人懐こい笑顔は金品にも値するだろう。ブルーノの強みは、それでいて無意識であることだ。やろうとしてできることではない。
 ブーツの音が降りてきて、クロウの隣を通った。やがて真後ろにある窓から姿が確認できるようになり、クロウはそれを横目で見送った。

 日当たりのいいテラス席から、ポッポタイムの窓がいくつか見える。自分の部屋はどれだろう、窓辺に置いたポプリが見えるなら、把握することができるのだが……目の周りのちからを抜き、視線を柔くして観察していると、カーリーがカメラのシャッターをひとつ切った。ジャックはそれを顰め面で見やり、すぐに視線を戻すと、だんまりでいた。
 カップがふたつ運ばれてきて、ジャックはそのままブラックで飲んだ。カーリーはカプチーノの泡を上唇の上にくっつけたまま、大袈裟な身振り手振りを交えて話しては、にこにこと嬉しそうにしている。
「……手がかかる」
 テーブルナプキンで口を拭ってやる。白いナプキンに泡がしゅわっと染みていった。