どめすてぃっく!家畜小屋


「そうさな、まさにこの世の地獄ってやつか。てめえらんなかにも何人か呼ばれたやついると思うが、そこらの見張りのポリ公なんかとは比べモンにならねえよ、あいつらはまだまだ甘っちょろいな。人間の慈悲っつうの? 良心がありやがる。だが……鷹栖、あいつは狂っちまってる。ヒトじゃねえ。脳になにかが湧いてやがんのさ」

 机がひとつあるだけの床に這いつくばって、犬みたいに喘いでる。電源の落とされた壁一面のモニターは、コンクリート打ちっぱなしの壁となんだかよく似ている。机のうえに置かれたデスクライトの光がぼんやりと天井に浮かんで、真っ黒のモニターも照らしだす。電脳的な世界がちらつく。
 低く、掠れた声だ。壊れたラジオのように音声を垂れ流しながら、たまに雌みたいに上ずるからたまらないのだった。息が喉を走るたび、掠れきった声が切なげに、許しを請うみたいに湾曲する。その、生命を削って懇願しているような必死のものが、自分に向けられていること、それが愛しくて苛立たしくて、手に持った馬乗鞭が空を切った。
 ツバメが翻るようなするどい音に、遅れてついてくる、肌を打つ小気味いい音。それから掻き毟りたくなるくらいの痛みが広がって、胃の奥から押し出された苦しげな声が部屋に響く。いまにでも泣きわめきたい気分だったが、しっかりと噛まされた猿轡がそれを許さない。嗚咽は呼吸を乱してしまう。呼吸が乱れれば、上に乗っている主は機嫌をわるくして、更なる苦痛を与えたがることだろう。ただでさえ「罰」を与える隙を見つけようと、一挙手一投足、目を光らせて監視しているのだ。どんな酷いことをされるのか、わかったもんじゃない。
 ああでも、駄目だ、それを望んでいる自分がいる。どうにも出来ない状況のなかで、もがき苦しみたい自分が、鏡の奥に立っている。
「うゥゥ、……」
 背中に立てられていた爪が緩み、弛緩した空気を感じ取る。間違いない、いま、ぜったい、わらっている!
「ウーウーうっせえなあ。黙ってろって言ったのわかんねえのかよ」
 自分が署長を務めるこの収容所にいるクズどもったら、随分と幸せなもんじゃないか。自分みたいに、わざわざ糧を差しださなくたって、勝手にくるしい生活が出来る。一日を拘束され、理不尽に痛めつけられ、抵抗の許されぬ暴力を受ける。空腹や汚染といった状況的な苦痛でない、罵倒や殴打といった人為的な苦痛ばかり受け止めておきながら、それで偉そうに文句を垂れるなんて、傲慢なやつら。いっそのこと反乱してくれたなら、どんなに興奮することだろう! 鬱憤をこの身で晴らされたい。死ぬまで蹂躙されたい……
「なあ? 返事もできねえのか? き・い・て・ん・の・かって」
 尻に埋められたシリコン製のディルドを無茶苦茶に動かされて、すっかり腰が引けてしまった。快感を伴う罵倒に、腰から背骨を伝って甘い電流が駆けあがる。このままじゃあ、また、また勃起してしまうではないか!
 どうにも危機感というのは快感に似ているらしく、というのは、規制されていることを不可抗力でしてしまいそうになると、それに対する仕置きが被虐嗜好の脳のなかで何重にも広がってしまって、抑えるつもりが逆に後押ししてしまい、それがきっかけで取り決めを破ってしまうのだった。竿の根元にくびられた糸からぶら下がる金色の鈴が、可憐な音を響かせた。
 絶望感とともに膨らむ期待感。やってしまった、どんな酷いことをされるのだろう、痛みで死んでしまうかもしれない、または羞恥で表に出られなくなるかもしれない。頭のなかがそればっかりになってしまって、涎を垂らしているのにも気づかない。
「叱られてるってのにおっ勃ててんのか。邪魔くせえなあ~いっそのこと切り取ってやろーか? そんでてめえのケツを掘ってやるよ。お似合いだと思うぜ」
 ことばを投げかけられるたび体積を増すそれは、チリンチリンと、喘ぐかのように随分と長い間揺れて、静まったと思ったら靴先で蹴飛ばされて、脳天に星がまたたいてしまった。主人というべきか騎手というべきか、背中に跨る青年は声色を笑み深くして、冗談に聞こえないトーンで喋るからたまらない。嗜虐的な態度が収容所で最も似合う。依頼したときにすごく嫌がっていたと聞いたから、真正ではないだろうが、そっちの素質がありすぎる。これで帝国築ける。
「ゥウ、うーッ! うっ、う、ゥゥ……」
「なに喋ってんのかわかんねえ、なんか言いたいならニンゲンのことばを喋れよ」
「うーぅ」
 ベルトに結び付けたいくつもの器具からひとつを抜き取って、目の前にちらつかせる。だらしない股の方で鈴が揺れた。付けられるだけで自我がとろけそうになる、自分の大好きなそれを、クロウは慣れた手つきで鼻に差し込んで、お遊びに上に引っ張ってみせる。鼻がちぎれそうに痛い! ……けど、気持ちいい!!
「うォーッ! オオ、ウオォ!」
「あーあ。床、涎でだらだらじゃねえか。あとでちゃんと掃除しとけよ~? なあ」
「ウオ」
「よーし。じゃあいいもん見してやる」
 そう言うとクロウは、フックを首輪に固定し、背中から降りてデスクライトをこっちに向けた。ずんぐりとした裸体が、ぼんやりとコンクリートに浮かびあがる。壁にあるスイッチを入れると、向かいの壁が光を帯びた。モニターだ。普段なら囚人の様子が映されているのだが、なぜだか紺いろの壁ばかりが映しだされ、薄暗く、なにも映っていなかった。
「モニターから目ぇはなすなよ」
 ハンディカメラを手に持って、にやにやとわらっている。その丈夫そうな歯で乳首噛みちぎられたい。
 画面はゆるゆると動き、しばらくコンクリートが画面をジャックしていたのだが、レンズがこちらを向いたときには、自分の裸体が一面に広がっているのだった。衝撃!!
 想像以上に凄惨だった。ぼってりと突き出た腹に、きたなく垂れ下がったディルドの尻尾。短く包茎のそれは糸で締めつけられ鬱血して、顔面は猿轡と鼻フックで見るも無残に変形してる。口元は涎でぬらぬらと光っているし、汚らしいったら。デスクライトの微かな光源で照らされた醜いブタの姿に、自分は、ブタなのだと、改めて理解し、服従し、土下座すら許されぬ状況にくるしみ、しかし目を逸らすことも禁止され、ただただ狭まって鳴る喉の音に、自分は全身を炎で焼かれるような心地がしたのだった。

「だからぜってえ逆らうなよ、死ぬより辛いことなんかわんさかある。まず、自分をニンゲンだと思っちゃいけねえんだ、あそこにいるときだけは、自分を犬か豚と思いこむしか、尊厳を保てねえ。おれ? ……何度か入ったことあるが、ありゃ『署長室』っつうか、『家畜小屋』だなァ。人間サマ以外は、二本足で立つことも許されねえ空間なのさ」