ぼくのなまえ「ブルーノ! きさままたおれのホイール・オブ・フォーチュンに勝手に手をくわえたな……!」 ぼくのなまえはブルーノ。チーム5D'sのDホイールのメンテナンスを任されている、スーパーメカニック……だなんて、すこしおおげさで、気恥ずかしいけれど。 たしかに彼らはぼくを頼りにしてくれている。いま怒鳴ったジャックだって、不調があればすぐいってきてくれるようになったし(といってもそれは最近のはなしで、最初なんかまったくさわらせもしてくれなかったんだから、これはジャックにとってすごい進歩だとおもう)、性能をあげるためのカスタマイズなら、無断でもやらせてくれるようになった。 いまジャックが怒っているというのは、他でもない、あのうつくしく丸い白いエロティックなボディに、ぼくが身につけているジャケットの塗装を施したからだった。ぼくとしても、あの汚しがたい強かさをもつ機体にはなにがあっても手をくわえたくなかったんだけれど、遊星(ジャックと唯一なにごとも張りあえる相手だ、ほかにもクロウっていう優秀な仲間がいるけど、如何せん殴り合いになったら、体格で負けてしまう)が「せっかくよくしてくれているのに、ブルーノがすっかり隠れてしまっているのは心苦しいな。なにか、おもてに出るものがあればいいんだが……」と、うんうん唸って悩んでくれたので、これは苦肉の策というわけ。 ほんとうに胸が張り裂けそうだよ。ぼくはDホイールが大好きだ。遊星の赤いのも、クロウの黒いのも。道を走っている量産型のもきらいではないけれど、やっぱり、丹誠こめてつくりあげたものは、それだけ愛情情熱熱心心血がこめられているんだし。たまらないね。 「さわっていいのはプログラムだけだといったはずだ!」 「ごめんよジャック。もうしないから。ゆるしておくれよ」 気丈なふりをして人情によわいという、その振る舞いの裏側をのぞいたときの、高揚感といったら。気難しそうな眉間をもみほぐすのも、お手の物というわけさ。 「む……こ、今回だけだぞ。つぎ勝手なことをしたら、叩きだすからな」 ホイール・オブ・フォーチュンは、女性的なDホイールだ。フォルムからして丸っこく、白く、純潔さをただよわせ、道路でついたよごれひとつすら許容しない気高さ、操縦者をまもるように囲うかたち……優美なおすましがおの裏にひそむ、扱いにくさ、プログラムの細やかさ、機嫌をそこねやすい繊細さ、などといったあらゆる要素が、つんと鼻をそっぽに向けた女性を浮かばせて仕方ない。ということは、ぼくは、女王様をよろこばせるためのご機嫌取り専用メカニックってことになるのかな。光栄だね。 「ありがとう。ジャックはやさしいね」 「ふん! おまえがいなくなったら、おれたちがこまるからな。遊星ひとりに負担をかけるわけにはいくまい」 「ふふ。だよね。ところで、遊星はどこ? さっきから、姿がみえないけど」 ふとおもったことをきいただけなんだ。いつもとなりにいるのに、今日はまだみていないなって。それなのに、この仕打ち。ああ、また頬が腫れちゃうよ。 「いたぁい! な、なにするんだよお!」 握ったこぶしをじっと見つめて、決まりのわるそうな横顔をみせる。むっつりと引き結んだくちびるは整っていて、すっごくきれいだ。ふっくらとしたそれは、すぐそばにある機体を重ならせた。高飛車でわがままな女王様。陶器みたいで。 「ジャック!!」 「……だまれ、おれは謝らんぞ」 そっくりだ。そっくり、そっくりおんなじだ。その素直じゃないところとか、不満をあからさまにしないところとか。ペットは飼い主に似るというけれど、Dホイールも操縦者に似るみたい、いや、操縦者が自分に似たDホイールをえらぶのかな? 気取った態度の白肌はどこまでもつややか。 ジャックはいつだって自分のなかでぐるぐると考え込んで(ほんとは考えるのなんて得意じゃないくせに)、たまらなくなったら、その怪力を振り回して発散してしまう。 ちいさな子どもみたい。追い込まれた子どもが声を殺して泣くように、それとまったくおなじ原理で、容量オーバーをおこしたジャックの脳が信号をけたたましく宣言する、「殴れ! 殴れ!」 手がとってもおおきいジャックがにぎるアクセルグリップは、他のとよくくらべないとわからないんだけど、通常のものよりもゴムをひと回り余計に巻きつけていて、すべりにくく、かつ、ジャックの手にぴったりフィットする。白魚のような手は、ぼくからいわせると、その白くうつくしいなめらかさなんて、まるきりホイール・オブ・フォーチュンだ。 唯一無二で、孤高のDホイール。すてきさ。ジャックとおなじくらい、ぼくはそれを誇りにおもっている。 「ごめんよ。なにかあったの? もしよかったら、ぼくっ! ジャック専用メカニックのブルーノが、はなしをきこうか?」 両手の指をほっぺたにあてて、のぞきこむようにしつつ、にっこり。 ふだんぼくが、Dホイールの前傾部をみるときにする体勢(もちろん指はふつうにしてるけどね)で、その持ち主をあおぐ。真心こめた手のほどこしはきっとつたわるし、機体だってそれを感受してくれるし、反応だってしてくれる。それが気に入らないメンテナンスだったら、荒々しく振り払われてしまうから、時間差にすこしびくびくしてしまうんだけど、こっちが素直に馬鹿正直になれば、向こうは警戒をといてこころをひらいてくれる。 もったいないよ、こんな、この世のたからとも称してもおかしくないくらい、うつくしいものを、穴ぐらにかくしているだなんて。さげた両口角の裏にかげをひそめた、芸術的でセクシーなかおがはやくみたいよ。Dホイールだって、陽のひかりをあびると、元気いっぱいにはじけるし、丁寧に塗ったワックスがぴかぴかと反射して、ただでさえきれいなものが、余計にことばで言い表せなくなる、恐怖や残念なきもちすら浮かんでくるんだ。 むすっとした、不機嫌な表情も、奉仕の快楽を知ってしまったぼくにとっては、伸び代のある世界秘宝みたい。差がはげしければはげしいほど、興奮するね。無機物が生気にあふれ、脈々たる血流をかんじる瞬間って、ぜったいある。はやくみつけてしまいたいのに。 さすがにこの体勢をながいことしているのはきつい。茶化すみたいに、「じゃ、ジャック、そろそろ腰がいたいから、ええっと、えと、や、やめてもいいかな」って、へらっとわらうんだ。 かわいいよ。高い声をあげて風をきる白いきみ。 「まったくおまえは……」 けれどこうやって最後にわらってくれるんだから、ジャックのこともかわいいとおもうし、だから愛したいね。 ← |